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zoom RSS 言葉と文化の壁を越えて。。。

<<   作成日時 : 2009/07/02 10:37   >>

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アメリカへ移住後約2年が経ち、日本の友人達に「どう?その後 英語はペラペラになって来た?」と聞かれたりもします。 渡米直後に比べれば自分でもだいぶ上達したとは思うのですが、、実際のところはまだまだ大変です。

脳が単一言語(日本語)で構築されているため、この年齢から外国語で生活する大変さは予想以上でした。義務教育で学ぶ英語ですら大変ですから、学校などで習わないその他の言語で生活することの苦労は、想像に難くないでしょう。。。パーティー文化の盛んなフランスに嫁いだ、フリーアナウンサーの中村江里子さんのブログなどを拝読すると、やはりそのようなご苦労を綴られており、「あぁ私だけではないのね」と共感を覚えることもあります。


この広大なアメリカという国は、州が異なれば発音も異なり、また移民大国でもあるため、実に『多様な英語』が存在します。
先日はお隣のケンタッキー州へ出かけたのですが、地元の小さなお店でサンドイッチを購入しようとしたところ、レジの女性に「イエゥーワァントゥーメイヨォー?」と聞かれました。私がけげんな顔をしていると、横でポールが「You want mayo?(マヨネーズはつける?)と聞いてるょ。」と。。。

ポールの家族の住むジョージア州なども南部のアクセントが強く、ホームパーティーなどでの地元の人達との会話について行けず、当時10才だったポールの甥っ子が助けてくれたりもしました。ありがたいと思いつつも、10才の子供より話せない自分に落ち込んだりもしたものです。

また、自分では英語だと思っていた日本のカタカナ英語が、相手に全く通じないこともあります。ある日キッチンで手のふさがっていた私は、近くにいたポールに「Can you pass me almifoil?」と頼みましたが、一向に通じません。私はアルミホイルを英語風に発音したつもりだったのですが、正確には『aluminium foil』で、発音も「ァルゥーミニゥムフォイル」と「ルゥー」を強調し、日本語の「アルミホイル」とは全く異なります。

売店でペットボトル入りの水を買う際も「Bottled water」です。ペットボトルが全くの和製英語とは、こちらに来て初めて知りました。発音も、「ボトルドウォーター」ではもちろん通じず、「バーロゥワァラァー」。。。その他にも、「え?これって英語じゃなかったの?」と驚くことがしばしばです。


現在住むオハイオ州は人口の多くを白人層がしめており、幸いそれ程強いアクセントはないものの、カリフォルニアとは異なり日本人のアクセントに慣れていない人が多いためか、「え?何て言ったの?」と聞き返されることもあります。

また私達の友人の層は、政治家、農場を営む夫妻、教師、起業家、銀行家、ヒーラー、シェフ、ミュージシャンや画家と実に幅広く、それゆえに話題も多岐に渡ります。人種もアメリカ人を始め、インド、スリランカ、タイ、ポルトガル、イタリア、アルメニア、エストニア、リトアニア、メキシコ、コロンビア、プエルトリコ、レバノン、ナイジェリア、ネイティブアメリカン、etc....と実に様々で、彼らの話す言語が、とても同じ英語とは思えない時もあります。。。私などは、彼らの英語のアクセントやスピードに慣れるのに必死で、会話を存分に楽しむ余裕が持てないことも。

特に欧米人は幼い頃から議論することを鍛えられていますから、こちらにもそれなりの意見を求められ、「日本語だったら、もっと自在に色々と話せるのに」と、もどかしくなることも多々あります。

また日本では、お互いの会話が途切れた際に何も話さず、次の話題が自然に始まるのを静かに待ったりもしますが、こちらではそのような会話の『間』が存在しません。

日本人の私達は幼い頃、親や先生達から、「自分の話ばかりせず、相手の話も聞きましょう」と教えられますが、こちらでは話したい人が話し続け、自分も意見を述べたい時は、相手の話の腰を折ってでも、会話に参加するタフさが必要です。私も最近では、相手が悪気無くこちらの会話の腰を折った際には、「Let me finish my story.(私の話を終わらせて)」と笑顔で話し続ける強さ(ずうずうしさとも言えますが)が身に付き始めました。

ですからたまに日本を訪れ、気心の知れた友人達と久しぶりに心ゆくまで日本語での会話を楽しむ際はホッとします。逆に自分のジェスチャーや声が大きくなっていたり、友人の前で思わず「Oh my god!!」などと叫んでしまうことも。。。そのような経験から、日本人はとても静かに身振りも少なく、ゆっくりと相手を気づかいながら会話を進める繊細な民族だと、しみじみ感じるようになりました。

こうして異国の地で言葉や文化の壁にぶつかり戸惑いつつ、精進の日々が続きますが、これも天から与えられた課題なのでしょう。 視野を世界に広げ、この壁を乗り越えることで、同じような思いをしている人々をサポートするための人生の課題だと。。。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
アメリカに10年以上住む私でも言葉の壁は毎日存在します。やっぱり若いうちに来ないと難しいんだなあ、と思います。ストレスも溜まりますが逆に耳に入れたくないことは入ってこないというメリットもありますね(笑)
ちゅう
2009/07/02 13:41
人の話を最後まで聞かないのは、ヨーロッパ人の方が顕著かもしれません。というよりは、欧米人は自分の意見を主張する方法を子供の頃から訓練されているのではないかと語学学校で感じました。話を最後まで聞こうとしていたら、発言の機会は永遠に訪れません。日本人はあまり主張しすぎると嫌われるので、その辺adjustしないといけませんよね。

2009/07/02 15:48
*ちゅうさん

ちゅうさんはもう10年以上なんですね〜!
私は、10年後には英語を流暢に話し聞き、ストレスのない日々が待っていると想像していたのですが、、。う〜ん。
まぁ第二言語ですから、日本と同じようにいかなくて当然ですよね。

*青さん

私は昔からフランスが大好きなんですけど、あちらが移住先だったら、とっくに日本に戻っていたかもしれません。

>話を最後まで聞こうとしていたら、発言の機会は永遠に訪れません。

最近、それに気づきました。「Shinoは大人しい」と誤解されていたりもします。まぁ私が発言したところで、自己主張の強い彼らにとっては、やっぱり「大人しく」映るのかもですが。
Shino
2009/07/02 22:02

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